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甲南大学 経営学部
「1年間で偏差値が10上がった!」「絶対無理だと言われ続けた難関大学に奇跡の大逆転!!」
通信教育や大手の学習塾の「合格体験記」でよく目にするフレーズだ。こんなものはただの宣伝用に書かされているだけで,
実際はそんな人滅多にいるはずがないと思っていたのは高三の七月のことだった。
僕が大学受験というものを真剣に考え出したのは驚いたことに高三の部活が終わった夏休みからだった。 手当たり次第に予備校や塾の資料を集めて,色々と話を聞くなかにDSKがあった。
某K塾や某Yゼミナールなどの大手予備校に入ってしまうと,それだけで満足しそうな自分が見えていたので, DSKには少々悪い気もするけど,ちょっとマイナーなとこにしようと思ったのだ。
自慢じゃないけど僕の高校生活に「勉強」の二文字はテスト前にうっすらと頭に浮かんでくる程度で, 毎日野球ばかりやっていた。練習も厳しく帰宅すると九時,十時をまわっていた。
そんな感じで全く勉強をしないおバカさんがDSKに入ってちょっとだけ変わったのだ。 まず,中村(宏)先生の「駆け込み寺(短期集中)英語」を夏休みに始めた。 数学は小学校の時からまあまあ出来た。国語も一応日本人ということで悪くはなかった。
問題は英語だ。長文を読み始めると5分後に睡眠学習モードに切り替わる僕の体質が少しずつ変わっていった。 中村先生は英語に対する考え方を変えてくれた。
「70%理解すればいい」と何度も言われているうちに20%が30%に,30%が40%にと, 少しずつ,少しずつ英語を理解するようになっていった。
それでもまだまだ僕の脳ミソは全国の受験生に及ばなかった。
塾に入ってすぐに受けた全統マーク模試の偏差値は「37」だった!!
こんな数字は久しく出会っていなかった。
「落ち込む」とか「現実を知った」なんて言ってるヒマはない数字だ。
志望校の甲南大は56〜57が最低限必要だったのだ。
「半年で偏差値20かあ・・・」こんな目標は掲げるべきかどうか迷った。
でもここで迷わなかったのが運命を分けた。
僕はとんでもないことを自分に言い聞かせた。
「今まで何もやってないんだから,それが当然の結果なんだ。
これから自分の偏差値は上がる一方だぞ!模試を受けるごとに成績が上がるなんて,そんな嬉しいことはない!!」
全く,呆れる程のポジティブシンキングだったのは夏休みの終わりのことだった。
九月に入っても中村先生の授業は受け続けた。
のんびり屋の僕に先生の授業は合っていた。
僕は単語帳を使うよりも,毎回の長文問題に出て来る知らない単語を全て吸収するやり方が最も効率が良いことを知った。
そして十月頃には逆に先生ののんびりした授業に僕が心配しだしたくらいだった。
この頃は,数学も完成に近づいていた。今週は2次関数,来週は数列と全てひとつひとつ進んでいった。
幸いにも僕の頭のメモリはたくさんスペースが余っていたので,学んだことは確実にモノにしていった。
数学の偏差値を上げるのにはあまり苦労しなかった。国語の現代文はセンスで解いた。
受験生の常識では現代文はシステム的に解くべきらしいが,そんな時間はあるわけがない。
自分の国籍を最後まで信じ切った。そして年末の冬期講習に古文の全てをかけた。
そして2004年の金色に輝く初日の出を前に合格を誓ったのは一月一日,元旦のことだった。
年が明けてからは赤本を一通り終え,分刻みでスケジュールを立てた。
センター試験が二週間後に迫っていたのだ。
朝起きて朝食の後に1年分,昼食と夕食の間に1年分,そして夕食後に1年分・・・
過去問を1日3年分×14日だ。死ぬかと思った。ずっと勉強してる人には平気かもしれないけど・・・
センター利用を狙っていたわけではないが,全てがつながっているんだと思いやり切った。
これが功を奏したのか,センターは予想以上の出来だった。
本番まであと少し,ここまできたらもう普通に,何くわぬ顔で合格しようと思った。
ここで僕は何も不安を感じない自分に驚いた。
「何度もランクを落とそうと思った」とか「不安で夜も眠れなかった」とか,
そんなことは絶対に思わなかった。そんなヒマがあったら勉強した方がいいに決まっている!
そういうレベルにまで達していた。偏差値37だったあの僕が,日本中の誰よりも自信家になっていたのは試験前日の二月七日のことだった。
そして運命の時間,甲南大は特に英語が難しいといわれているが,案外理解できた。
70%どころか85%くらい理解した。国語の現代文もセンスで解けた。
古文の内容は完璧だった。数学も全部解けた。
試験終了の合図があったとき,僕は神戸にある甲南大の入試センターの人に感謝した。
「僕が解ける問題ばかり並べてくれてありがとう!」
人生で最高の満足感を味わった試験の結果が「合格」という形で現実のものになったのは三月の初めのことだった。
DSKは単純に考えて僕に合っていたのだ。僕がDSKに合っていたのではない。
僕にDSKが合っていたのだ。DSKは少人数制で融通が効く。
先生もとことん教えてくれるし,なにより自分専用のテキストが存在するあたり,
さすが特許をとっているだけある!
塾の宣伝目的で書くつもりが本当に合格体験記という名のもと僕の半年間を書き綴ってしまった。
今考えれば,七月に「本当にそんなやついるのかよぉ」って思っていた自分がいたことを今でも覚えている。
そんなやつは,こんなとこにいたのだ。
え〜それでは月並みですが,受験生諸君,「本当にあきらめなければ夢は叶う」 なんて使い古された言葉ですが,限度を越えなければ大体のケースには当てはまるでしょう。
今回の例によると,どうやら半年で上がる偏差値の限界は20程度ということです。 まあ3年生の最後なんて,やろうと思えば何でもできます。
おそらくDSKの塾生に僕より偏差値の低い人なんていないと思いますが,こんな僕でも今は立派な大学生ですから(笑)
それでは,新記録の樹立とみなさんの健闘を心から祈ります。
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